数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞受賞者と日本の高校生が話し合う「高校生と数学者の出会い」の記事が出てきましたので紹介します。読売新聞の記事です。
(読売新聞2008年11月26日)
フランスの高等科学研究所(IHES)の創立50周年を記念して、日本学術振興会などが主催。国際数学オリンピックに出場した経験のある生徒ら約70人が、最先端の研究者らと熱い議論を交わした。
最初に、仏のリヨン高等師範学校のE・ギス教授が「五つの円錐曲線に同時に接する図形はいくつ描けるか」をテーマに講演、研究の最前線の一端を紹介した。
続いて、日本人で初めてIHESで研究、1970年にフィールズ賞を受賞した広中平祐・京都大学名誉教授と、98年の受賞者で、卓抜な発想力で量子物理学と数学の橋渡しを進めるM・コンセビッチ・IHES教授が壇上に登場。会場の高校生と質疑・応答を交えながら対話した。
広中さんは、ピアニストへの道と選択に迷ったが、大学3年の時に数学者になると覚悟を決めたと強調。IHESでは、小さい時から数学を始めた優秀な数学者に囲まれ、大きな刺激になったと振り返り、「数学も継続が重要」と力説した。
モスクワ生まれのコンセビッチさんは、10歳の時に兄と、問題を解く競争をきっかけに数学を志し、14歳で数学の英才教育を受ける学校に入学した。「毎週30時間以上数学、物理の授業を受けたことが今日の基礎になった」と話した。
数学者の能力について、コンセビッチさんは「記憶力」と回答。広中さんは「天才的でなくてもインスピレーションがあればいい。通常の人の10倍粘り強く取り組むことで、精神の飛躍がある。私も3回あった」と自らの経験を披露した。
スランプに陥った時の対処法について、コンセビッチさんは「同時に五つの数学のテーマを用意、気分転換を図った」と話したのに対して、広中さんは「あきらめてた」と笑わせた。
最後に広中さんは「若い人は海外に出てショックを受け、新たな発想を生み出してほしい」と激励した。
筑波大学付属駒場高校の石村脩さん(16)は「数学者の貴重な話は刺激になった。数学者を目指し、海外に留学したい」と話していた。(長谷川聖治)
高校生と数学者の出会い
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